2018.01.01
歴史写真館NO.99 弟子屈囲碁史
囲碁は手談(しゅうだん)と言われ、礼に始まり、礼に終わるお互いの人格の向上を目指すゲームです。囲碁は中国を発祥の地とし、一説には19×19路で361路、1年を表す易筮(えきぜい・竹製の棒を用いて易占いをすること)の一分派であり、形をかたどる易学であるといわれています。
昭和戦後の時代、弟子屈の草分け的な存在であった米旅館の土沼助吉氏が、その広い人脈を生かし一言声をかけると、近隣各地から90人ほどの囲碁愛好者が集まり、泊まりがけで大会を催していたと語り継がれています。そのほかとして天狗会、大鵬会など小さなサークルが活発に活動していました。1969(昭和 44)年、弟子屈囲碁愛好会が正式に発足し、歴代会長として、高橋定夫氏、長谷実氏、桐木富治氏、増田一市氏、事務局としては大下精氏、佐々木民明氏、西郷満氏、指導者として金子竹ー氏らの名前が挙げられています。
時代の流れとともに囲碁を愛好する人も年々少なくなってきていますが、こんなこともありました。標茶の愛好家の中に一人の高校生がいました。もともと彼は頭脳明晰(めいせき)であったこともありますが、囲碁に親しむことによりその才能が開発し、北海道大学に入学、同大学の囲碁クラブに所属したと聞いています。
若い小・中学生、高校生の皆さんもぜひ、囲碁に関心を持っていただきたいと切望しています。蛇足になりますが、アメリカの某大学では囲碁が必修科目になっているということです。
最近のイベントを紹介しますと、第43回町民囲碁大会が4月21日に摩周観光文化センターて行われました。また、第41回阿寒・弟子屈四地区親善囲碁大会 (28人参加)が4月7日に同センターで行われ、地域間の交流と親睦を深めました。
てしかが郷土研究会(右近)